善き人のためのソナタ

次の曲は泣けるソナタだぜ〜チェケラ!

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ベルリンの壁崩壊から17年(…だよね?)
東西統一から15年以上が経過して、そろそろドイツ人にとっても、旧東ドイツが「過去」になってきたらしい。統一時の経済的・社会的混乱もとりあえず一段落てとこか。東ドイツ出身の女性首相が誕生するまでになったことだし。
 
そのせいかどうかは分からないけど、最近のドイツ映画は自国の歴史を振り返る作品が多い気がするね。ナチス・ドイツを経て、東西に分裂した国家が、ようやく一つの国家として「ドイツとは」「ドイツ人とは」てことを問い直しているというか。『グッバイ・レーニン』『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最後の日々』、『ヒトラー〜最期の12日間』等々、ここ最近のドイツ映画には、そうした意味で質の高い映画が多い。
 
本作もそうした力作の一つで、思いも寄らない感動作だった。この映画のラスト(の台詞)は、今年一番の名台詞。弱冠33歳の新鋭フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督はスゴい才能だわ。名前長いけど。
 
ヒューマンドラマとしても、ラブ・ストーリーとしても秀逸な出来だったけど、何よりDDRドイツ社会主義統一党)やSTASI(シュタージ)の暗部を描いた作品としては、初めての映画だろう。逆に言えば、こういう映画が作れるようになるまでに、15年という歳月が必要だったってことかもしれんけど。
 
1984年の東ベルリン。シュタージ(国家保安省=国家に対する危険分子を摘発する秘密警察)のエリート局員であるヴィスラー(ウルリッヒ・ミューエ)は、劇作家のドライマン(セバスチャン・コッホ)の完全監視を命じられる。ドライマンと、その恋人で舞台女優のクリスタ(マルティナ・ゲディック)が反体制的であるという証拠をつかむのが任務であり、成功すれば更なる出世が待っている。やる気満々のヴィスラー。
 
だが二人の監視を続ける内、ヴィスラーの内面が少しずつ変化していく。自由な表現を禁じられた芸術家達の苦悩、それでも自由を希求する彼らの情熱、美しい音楽、文学、愛に包まれた生活…。盗聴器を通して聞こえてくる「自由」に、徐々に影響されるヴィスラー。これまでただひたすらに国家に忠誠を尽くしてきたヴィスラーだったが、「自由」や「愛」に理不尽な権力介入を行う自らの行為、ひいてはDDRそのものへ疑問を抱くようになって…てな物語。
 
人間の弱さと強さを同時に描いた、美しくも力強い作品として記憶に残る映画だけど、それ以上に、やはりシュタージという巨大な監視システムが産み出した、旧東ドイツの悲劇に心が痛む。日本ではあまり知られてないけど、当時のシュタージはこうした国民の統制と監視が主な任務で、IM(インオフィツィエル・ミットアルバイター)と呼ばれる民間の密告者を使って、反体制的な思想を持つ人々を徹底して弾圧してたんだとか。
西側に脱出しようとする国民を射殺、少しでも反体制的な思想を持っている国民は投獄。それだけでもコワー!だけど、何よりも恐ろしく悲劇的なのは、そうした監視体制を維持するために使われたIMの存在。統一後の調査で、その膨大な数が明らかにされるにつれ、多くの東ドイツ人は、自分が信頼しきっていた友人や家族が、自らの監視者であり密告者であったことを知ったわけよ(IMの数は17万人に及ぶという)。それを強要していたDDRやシュタージの責任云々より、その事実を知ったことで受けた、東ドイツ人の心の傷はでかかったろうなあ、と。
 
一党独裁の監視社会に抵抗を試みようとする男の義憤、その恋人にIMになることを強要しようとするシュタージの残酷さ、男を愛しながらも保身のために裏切ってしまう女の弱さ、それらを全て知ることで、黙っていられなくなった監視者の密かな勇気…。まあ、いろいろ考えさせられる映画でしたわ。ヒューマンドラマとしても実に力強い話なんで、万人にお薦めできる一本。
 
ちなみに、実に皮肉な配役ながら、シュタージの監視役ヴィスラーを演じるウルリッヒ・ミューエも、かつてはIMによる監視を受けていた一人。彼はそのことを5年前(01年)に知ったとか。彼に関する密告ファイルは254ページもあったというから、長いこと裏切られ続けてたんだね。可哀想に。
彼の監視者は、イェニー・グロルマンという女優。ウルリッヒ・ミューエ本人の、だった。(T_T)
監視国家―東ドイツ秘密警察(シュタージ)に引き裂かれた絆 グッバイ、レーニン! [DVD] 白バラの祈り -ゾフィー・ショル、最期の日々- [DVD] ヒトラー?最期の12日間?エクステンデッド・エディション<終極BOX> [DVD]