ダーウィンの悪夢

食べ物を独り占めするなあ!

http://www.darwin-movie.jp/
 
外来生物法」なんつー法律があるのね(参照)。知らなかった。
ブラックバスカミツキガメ等、外来種が本来の生態系を壊しているという認識はあったけど、今や日本の生態系破壊もかなり深刻な様子。恐るべし外来種。て、考えてみれば我が家で飼ってる亀(ミドリガメ)も外来種だな。そーいえば近所の川でもミドリガメ(正確にはミシシッピーアカミミガメ)がやたらと泳いでるし。在来種のイシガメやクサガメなんて、ここ十年以上見てないかも。
 
とまあ、環境問題的見地からも大問題と化している外来生物だけど、アフリカはタンザニアヴィクトリア湖周辺では、一種類の外来魚が今(この映画によって)、グローバリゼーションの負の象徴として注目を集めている。
 
魚の名前はナイルパーチ。日本でもかなり前から輸入していて、「白スズキ」などという名称で売っている(最近では普通に「ナイルパーチ」で売られているらしい)魚。ファミレスやコンビニ弁当や学校給食の白身魚としても多く使われている魚だそうな。知らないで食ってる日本人がほとんどだろうなあ。ていうか俺は知らんかった。
 
半世紀ほど前にこの肉食の巨大魚がヴィクトリア湖に放たれて以来、「ダーウィンの箱庭」と謳われたヴィクトリア湖の、世界有数の生物多様性が失われてしまった。まあ、この辺はティス・ゴールドシュミットが「ダーウィンの箱庭ヴィクトリア湖」で紹介して、今では(環境問題に関心ある人たちの間では)有名な話。
 
しかし本作の焦点は、ナイルパーチ移入がもたらしたヴィクトリア湖周辺の経済的成功と、その影に生まれた様々な社会問題に当てられている。ロハス(未だに意味の解らん言葉だ)で豊かなヨーロッパ人(輸出先の1位はEU…2位は日本)の食卓を潤すため、ナイルパーチを加工・輸出する一大産業が生まれると共に、新しい産業が生み落とした貧富の差、売春、エイズ、ストリート・チルドレン、ドラッグ。ナイルパーチの輸送ルートがアフリカ各地の紛争のための武器輸送にも使われていることを含めて、グローバリゼーションなるものの弱肉強食性を浮き彫りにしてみせるのだ。
 
2006年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネート。山形国際ドキュメンタリー映画祭では審査員特別賞を受賞。ヨーロッパを中心に映画賞を総なめしただけあって、ドキュメンタリー映画としてのクオリティは素晴らしい。緊張感溢れる映像はまさに卓越した技巧のなせる業。この映画の説得力は(反グローバリゼーション勢力にとって)、どんな活動家のレトリックより効果的だろう。
 
が、ドキュメンタリーてのは、ニュースじゃないんである。今更言うまでもないだろうけど、どんだけ事実を積み重ねていても、その並べ方、編集の仕方で、自ずと監督の意向ちゅーかメッセージ的なものが反映されるんである。
それは新聞だってテレビニュースだって、突き詰めれば同じだけど。以前紹介した『不都合な真実』みたいにそのメッセージをはっきり主張しているプロパガンダ映画なら、要はその主張に賛同出来るかどうかだけが問題になるんだが、この手の自己主張を抑えた感じの(しかも世評の高い)ドキュメンタリー映画は、その辺注意しておく必要があるんである。
 
いや、俺としては、この映画を評価してないわけじゃないのよ。アフリカには貧しくて飢えた子供が一杯いる。てことはみんな知ってるけど、大多数の人にとって、それはあくまで「知識」に過ぎないじゃない?
だから、その知識に「顔」を与えたという意味では、素晴らしい作品だと思うのよ。ここに映し出されたストリート・チルドレンたちは実際にそこに存在するんだからね。僅かな食料を争って、年長の子供に殴られながらも手づかみで米を貪り食っていた少年は、今この瞬間に生きているかどうかすらわからない環境にいるのよ。最初に映し出された売春婦が本作の撮影中に客に殺されたのも事実だし。
グローバリズムなんていう胡散臭いものが、どんだけの危険性を持っているかということが非常に解りやすく(強烈に)描かれているしね。その意味では、多くの人に観て欲しい映画。
 
ただ、試写から帰ってきて家人にこの映画の粗筋を伝えたら、「ふーん。でもその地域って、そもそも貧困の多い地域じゃなかったっけ」と。…うーん。実は、俺もそこが気になってたのよねえ。いやそれほど詳しい訳じゃないけど、確かこの辺てアフリカ式社会主義に失敗して自由経済に移行してから、まだ20年くらいでしょ?調べたわけじゃないから相変わらずテキトーに書いてるだけだけど。
 
でも、そもそも舞台となるムワンザは、人口50万人を抱えるタンザニア第二の町。現在のアフリカでそれだけの人口がいれば、そりゃ色々問題もあるでしょ。ていうかさ、巨大な湖での細々とした漁業以外にさしたる産業もなく、今以上に貧しかったこの地域に、ナイルパーチ産業が30万人規模の雇用を生み出した事実をどう考えるかなのよ。
 
そりゃ生態系への影響という点では大きい問題だけど、この地域が抱える問題の多くは、ナイルパーチだけを悪者にしても解決する問題じゃないような気がするんだよね。
  
実は映画のワンシーンで、地元の牧師が出てくるのよ。
その牧師がね、「神の教えによればコンドームは罪だから、住民には勧めません」とか言うわけよ。
俺に言わせりゃ、そのほうが大問題なんじゃないかと。
 
もともとエイズの多い地域。エイズに関する知識もコンドームもない住民がどんどんエイズで死ぬわけよ。小さな村で月に10人とかのペースで死ぬのよ。大抵まず男が先に死ぬの。そうすると未亡人となったその妻は仕事がないから生活のために漁師相手の売春をするわけ。だから漁師までエイズでどんどん死ぬの。おかげで子供たちは孤児になってストリート・チルドレンとなり、虐待を受け、その恐怖から逃れたい一心でドラッグに走る。国自体が裕福じゃないし、そんな子供たちがまともな教育を受けられるわけもないから、彼らが成長してもまともな仕事にありつけない。…そっちの負のスパイラルのほうが問題のような気がするんだよね。
そういう地域に、ナイルパーチは少なくとも30万人に対して仕事を与えてるわけだし。どっちが優先課題なのよと。
実際、タンザニアでは本作に対して「実態と離れすぎていて国のイメージを傷つけている」と、キクウェテ大統領自身が非難声明を出している。まあ、それはそれで鵜呑みには出来ないけどね。
  
アフリカは確かに貧しい。世界の金持ち3人の個人所得と、アフリカの貧しい国48ヶ国の全所得とが同じくらいだって言うんだから相当に貧しい。人口の半分以上は一日1ドル以下で生活してるていうんだから超貧しい。その貧しさの要因の大半が先進諸国による資源の搾取、グローバリゼーションの蔓延によるものだというのはその通りかもしれない。まあ、紛争が多いってのもあるけどね。東コンゴだけで一日の紛争犠牲者が9.11の死者に匹敵するってんだから、そりゃ発展しないわな。もっとも、それだって実は資本主義先進国の犠牲という見方もあるけど(ニコラス・ケイジの『ロード・オブ・ウォー』を観てから本作を観ると、その辺も理解しやすい)。
でも、それらはフランスのように、この映画を機にナイルパーチ不買運動したりすることで解決するわけじゃないのよ。ていうかそんなことしたら、ますます貧しくなるじゃんか(^_^;)。
 
つまり、アフリカの貧しさも、ナイルパーチ産業の問題点も、グローバリゼーションの弊害も、すべての「事実」は事実なんだけど、それらを一つにして表現するのはちょっと乱暴だったような気もするんである。俺の個人的感想としてはね。
 
ま、それでも是非多くの人に観て欲しい映画ではあります。観ないよりは観た方が良い映画。お薦め。
 
12月、衝撃のロードショー!だそうな。
 
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ダーウィンの箱庭ヴィクトリア湖

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ロード・オブ・ウォー―史上最強の武器商人と呼ばれた男 (竹書房文庫)

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