イカとクジラ

離婚していい?

 
1986年。
 
1986年っていうとアレだね、岡田有希子ホルヘ・ルイス・ボルヘスハロルド・マクミランが死んで、チェルノブイリ原発がえらいことになって、アメリカのスペースシャトルが爆発した年。日本はバブルだったし、アメリカもヤッピーなんぞが幅を利かせていた頃。な〜んかみんな上昇志向が高くて嫌な時代だったな。俺みたいな貧乏人にはバブルなんて別世界の話だったし。
 
て、いきなり脇道に逸れたけど、まあそんな時代のアメリカはブルックリンのパークスロープが舞台。
 
パークスロープっていうとアレだね、ポール・オースターとか作家や文化人(自称含む)が多く住むことで有名な街。そういえば映画『スモーク』の舞台もパークスロープだったか。スティーブ・ブシェミとかジョン・タトゥーロも住人らしい。あ、あと確か全米一レズビアンが多いことでも知られている街だとか。そんなん知らんけど。
 
て、また横道逸れたな。ま、そんな情報でも本作の背景を理解するには役に立つかと。
 
えーと、脇道逸れすぎて粗筋書くのが面倒になってきたから、ごく簡単に(本末転倒)。
 
かつては、そこそこ売れてた作家バーナード(ジェフ・ダニエルズ)。現在は生活のために大学で文学を教えているが、過去の栄光が忘れられず、自分を認めない現代社会を蔑視している。一方その妻ジョーン(ローラ・リニー)は新進気鋭の作家として売り出し中。新作は「ニューヨーカー」に掲載され、クノッフからの出版も決まっている。流行作家を馬鹿にしているバーナードは、妻のそんな成功なんて気にならないよ〜て顔をしているが、実は妬ましくて仕方がない。
 
そんな二人がある日、突然(ていうか、とうとう)離婚を宣言。16歳の息子ウォルト(ジェス・アイゼンバーグ)と12歳の弟フランク(オーウエン・クライン=ケヴィン・クラインの息子)は冷静さを装うが、父親に傾倒しているウォルトは母親を責め、母親が好きなフランクは父親を拒絶しはじめる。
それなのに、そんな息子たちに対して母親は結婚生活中の浮気遍歴を告白し、父親は息子が惚れている自分の教え子と同棲開始。なんでも正直に話したり、欲望に忠実であることを是としてみせるあたりが、いかにもインテリ気取った馬鹿親っぽくて(観ている方は)楽しいが、子供たちはたまったもんじゃない。おかげでストレスを抱えた息子たちはボロボロに。かくしてこのインテリ一家は、理屈に縛られるインテリ一家らしい崩壊を遂げていく。愉快だね。てな映画。
 
全米映画賞の脚本賞を総なめしただけあって、筋立てや台詞は実に面白い。大いに笑えて、最後はちょっぴりしんみりさせる辺りも心憎い。どことなく昔のウディ・アレン的かな。一緒に観た女性ライターは「私は女だから完全には解らないけど、男の子も大変なんですねえ」と言っていたから、たぶん男性のほうがウケるのかも。ていうか解り過ぎちゃって笑えない部分もあったけど。
 
ちなみに俺が一番笑ったシーン。
 
未練たらしく別れた妻の家を訪れたバーナード。結局喧嘩別れみたいになって外へ飛び出すが、ストレスで倒れてしまう。救急車に乗せられるバーナードの元に、心配げなジョーンが駆け寄る。微笑み合う二人の間に、一瞬、過去に戻ったような雰囲気が漂う。
 
バーナード:(指で唇を拭いながら)「デグラス(degueulasse)」
ジョーン: 「え?」
バーナード:「デグラス!」
ジョーン: 「は?」
バーナード:「最低って意味だよ。忘れた?」
ジョーン: 「私が最低だって言うの!?」
バーナード:「『勝手にしやがれ』の最後の台詞だよ!一緒に観に行っただろ!ベルモンドがセバーグに…」
ジョーン: 「え?何?」
バーナード:「もういい!」
 
わははは。俺も似たような展開から喧嘩になったことがあったような。ていうか男がせっかく芝居っ気出してキザに決めようとしてるんだから、ちょっとくらい察しろよバカー!て感じで共感したわ(笑)。
 
ところでタイトルの「イカとクジラ」だけど、その意味はラスト3分近くになってようやく明かされる。限りなくネタバレに近くなるが、子供にとって両親てのはデカい存在なんだよね。自分と同じように不完全なただの人間で、時には互いに憎しみ合うようになるなんて、なかなか直視出来ることじゃない。物語のラストで、きちんと現実を直視出来たのがインテリの父親でも母親でもなく、まだ16歳のウォルトだけだったというのがリアルで気持ちよかったです。この結末がなかったら、ただ悲惨なだけな話だし。
 
監督は単独では本作が初となるノア・バームバックジェニファー・ジェイソン・リーの旦那だって。ちぇ)。ウディ・アレン的コメディーが好きな人や、ピンク・フロイド好きな人は是非どうぞ。たぶん12月公開。

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