アダン

描きまくり

http://www.adan-movie.net/
 
実在した孤高の日本画家・田中一村の半生を描いたフィクション。実在の人物を描いているのに「フィクション」ってわざわざ書くのは、一村の遺族が「本人のイメージを損なうから製作中止せよ」と訴えてたから(参照)。映画としてかなりの秀作なんで、そんなに悪いイメージにはならないと思うんだが、まあ遺族としては触れて欲しくない部分もあったのかもね。(と思ってたら、映画中に複製画を無断使用したからというのが本当の理由だったらしい・参照・道理で作中に絵があまり出てこないと思ったわ)
 
幼少時代から絵の天才として期待された一村(榎木孝明)は、そのあまりにも強烈な反世俗精神を画壇に嫌われ、40代になっても画業を認めらずにいた。
…と書くとまだカッコいいが、自信のあった絵が入選しなかったことに腹を立て、中央画壇の偉い人へ暴言吐いて村八分になったのだ(映画の中ではね)。一言謝れば済むことだと友人(村田雄浩)に諭されても頑固一徹、決して頭を下げなかったので描く絵はどれも世に出なかった。ちょっと可哀想な人である。画壇の人たちも大人げないっていうか、出る杭を打つ日本らしさがあるというか…まあ、大人げないのはどっちもどっちなんだけど(笑)。
 
一番可哀想なのは一村の才能を信じ、結婚もしないで彼を支え続けた姉・喜美子(古手川祐子)。全く稼ぎのない弟を養うことに人生をかけ、ひたすら弟の成功を祈る姉。本人はそれが生き甲斐になっているのだが、ハタから見ると気の毒でならない。
しかも、50歳になって一念発起した一村は喜美子に家を売らせ、その金を持って単身奄美大島へと渡ることに。どこまでも犠牲になる喜美子なのである。
 
奄美大島に移住した一村は、極彩色の自然に包まれたこの地で、画家として「最高」の、そして「最後」の一枚を描こうと決意するのであった。てな話。
 
…ていうか、どっちかというとそこからの物語だな。ここで終わっちゃマズいか。
 
えーと。奄美大島の僻地の廃屋を借り、極貧と孤独に耐えながらただひたすらに絵を描き続ける一村。
少し働いては金を貯め、金が無くなるまでは絵を描く描く、描いて描いて描きまくる。
富も名誉も求めず、「命を削って対象の命を絵に移し取る」という凄絶な覚悟のもと「最高の絵」を追求する日々。この辺の描写は鬼気迫るモノがあって、かなり引き込まれる。
 
もっとも、「最高の絵」を描いたらそれを持って日本の中央画壇に殴り込み!てな野望もあったようで、一村さんって一本気に見えてどこか屈折した感じもするオヤジだったらしい。
まあその辺がいかにも「天才」らしいというかね。なんかこう…紙一重な所があるというか。近所に住んでたらあまり関わりたくはない人ではある。
 
ただ、そこまで打ち込めるモノがあるっていうのは、ある意味羨ましいんだよね。それだけの才能と自信がなければ出来ないことであって、なーんもない俺なんかはただ「すげーなー」と思いながら観てるしかないからさ。周囲には迷惑な存在だろうだけど、そーゆー人生送れたらそれはそれで幸せだろうと思うのよ。
 
何はともあれ、芸術に魂をかけた男の壮絶な生き様に圧倒された一本。良し悪しではなく、実在した田中一村という人間に興味を持った。ていうか初めて知ったし。
また、演ずる榎木も役作りのために18キロ減量するなど、一村の画魂を宿したような熱演ぶり。その他、役者陣は個性派揃いで結構面白かったわ、これ。
 
監督は、これまでも『SAWADA』(沢田教一)や『地雷を踏んだらサヨウナラ』(一ノ瀬泰造)等、実在の人物を映画化している五十嵐匠。
 
先月、米シラキュース国際映画祭で審査員特別賞を受賞。
 
あ、あとタイトルになってる「アダン」つーのは、南国に自生するタコノキ科の植物(阿檀と書く)。パイナップルに似ているが食えないらしい。
映画では、一村が最後の絵に描いた阿檀であると同時に、一村にしか見えない島の少女(木村文乃)の名前でもある。

田中一村作品集

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