レジェンド・オブ・ゾロ

http://www.zorro-movie.com/
 
「これぞアクション映画の原点にして決定版」・・・だそうな。
確かに、アクションの「スタイル」は古典的。実は巧みなカメラワークとワイヤーアクションでそれっぽく見せているだけなのだが、まあそれは別に構わない。実際に馬を転ばせるより、転んでいるように見えるだけ、と分かっていたほうが気持ちよく観られるしね。
アクションシーンの迫力は充分だし、構成も起伏がはっきりしていて飽きさせない。そういう意味では、流石スピルバーグだねえ〜という感じではある。
 
て、本作でのスピルバーグ製作総指揮であって、監督マーティン・キャンベル。前作「マスク・オブ・ゾロ」の監督と同じ人である。2作連続で監督しているのに、スピルバーグに名前負けてしてほとんど話題にならない、ちょっと可哀想な人なんである。
まあ、何でもかんでもスピルバーグを前面に出せばいい時代じゃないよね。俺に言わせりゃ未だに「スピルバーグ」で集客できること自体不思議だもん。「宇宙戦争」ひどかったし。最近スピルバーグ映画で面白かったの…何かあったっけ?
 
て、それはともかく、本作は古典的ヒーロー・アクション映画のスタイルを採りながら、テーマ的にはかなり現代的である。
そもそも、ヒーローが闘う動機が昔とは大違い。「Mr.インクレディブル」の時も思ったのだが、最近のハリウッド・ヒーローは「世界平和」とか「正義」とか「恋人救出」の為には闘わなくなってきた。じゃあ何のために闘うかというと、自らの「家族の再生」のために闘うんである。
本作のゾロも、妻エレナに逃げられ子供からの尊敬も失って、グタグタと煮え切らない態度をとり続ける。エレナに近づく男に嫉妬して後を尾けたりしちゃうのだ。振られた男がストーカーと化すようで、とてもヒーローのやることとは思えないのである。
 
ヒーローものに限らず、最近のアメリカ映画は「家族の再生」をテーマとすることが多い。やたらと「家族の大切さ」を訴えてくる。それがダメとは言わないけど、ちょっとクドいんである。
ちなみにその傾向が増えたのは、ブッシュ再選以降のような気がする。ブッシュ政権といえば、その支持母体の一つに原理主義キリスト教団体があり、「家庭の再建」とかを強く訴えていたような記憶があるので、もしかしたらそういう影響があるのかもしれん。それともアメリカ社会自体が、5割を越える離婚率とか、戦争で家族の誰かを失い続ける現実に耐えられなくなってきたのだろうか?
  
まあ、そんなことは別にどうでもいいんだけど、本作が「ヒーロー映画」として子供たちの夢を描いた「原点」には回帰しているとは、ちょっと言い難い。本作を観た少年たちが果たしてゾロに憧れるかというと、かなり疑問なんである。アクション自体は「かっこいい」と思うだろうけど、結論として「ヒーローも家庭を抱えると大変だなあ」と思いこそすれ、「僕もゾロになって悪と闘いたい!」といった無邪気な感想は抱かないと思うのだ。
 
最近は、ヒーローを「等身大の人間」として描く手法が主流だけど、どれもこれも等身大の悩みを抱えていたら夢もへったくれもないのだ。だいたい、女房の顔色気にしたり子供の教育に悩んだりするくらいなら、最初からヒーローなんかになるなっちゅーの。
 
ただ結果として、ヒーローと同列に扱われるようになってきたヒロインの魅力が、相対的に上がってきたのは事実。本作でも「家庭崩壊」に悩んで酒に溺れるアントニオ・バンデラス(ゾロ)より、強い意志をもったキャサリン・ゼダ=ジョーンズ姐さん(エレナ)のほうが何倍もかっちょいいのであった。
 
追記:DVD化されますた