100万ドルのホームランボール 〜捕った!盗られた!訴えた!〜
http://www.imdb.com/title/tt0420356/
ステラ賞的ドキュメンタリー映画。
今から40年前、メージャーリーグ(MLB)のロジャー・マリスが、ベーブ・ルースの年間最多本塁打記録を破るシーズン61本塁打を達成。その時のホームランボールは、当時の値段で5000ドル(180万)の値が付いた。
1998年にはマーク・マグワイヤがシーズン最多本塁打(70本)を記録。このホームランボールは270万ドル(約3億)で落札され、バリー・ボンズの通算700本塁打(2006年)ボールも、80万ドル以上(約1億)の値が付いた。
いまやアメリカ人にとって、記念のホームランボールというのは、億万長者になるための一種の宝くじみたなもんなんである。
てなわけで2001年10月7日、バリー・ボンズの年間最多本塁打記録が期待された試合会場は、異様な雰囲気に包まれていた。外野席にはグローブ片手の観客が大挙して押し寄せ、場外の運河も場外ホームランに期待する人々のボートで埋め尽くされていた。
そしてその日、ボンズは期待に応え、年間最多記録である73本目のホームランを打つ。打球は熱狂する観客めがけて飛来し、落下地点で必死に手を伸ばしたアレックス・ポポフ(サンフランシスコ在住)のグローブに納まった。…ように見えた。ポポフはグローブをしっかり抱きかかえて群衆の中に倒れ込んだ。…ように見えた。
群衆に押し潰されながらも「とったどー!」((C)濱口@よゐ子)と叫ぶポポフ。
だが、一瞬の混乱の後、ボールを持って立ち上がったのは、なんとパトリック・ハヤシ(カリフォルニア州在住)というアジア系の小男だった。
群衆の羨望と嫉妬に満ちた視線を受けつつ、ガードマンに警護されて特別室へと案内されるハヤシ。なにしろ100万ドルは固いと予想されていた貴重なボールである。その所有者はまさにVIP待遇なんである。誰もが彼の幸運を羨んだ。
勿論、アレックス・ポポフだけは、この状況に納得しなかった。
「あれは俺が捕ったボールだ。奴は俺からそれを盗った。すぐに返せば5000ドルやる。返さなければ、訴えてやる!」
と、いかにもアメリカン(しかもケチな)な挑戦状をたたきつけるポポフ。
かくして、ボール一個の所有権を巡って、全米を巻き込む大騒動が始まってしまう。
ジョッシュ・ケッペル(NBC-11のカメラマン)が撮影し、後に「ケッペル・フィルム」(笑)として有名になる映像や、多くの目撃者がポポフの後押しをした。ポポフは一躍有名人となり、勢い込んだポポフは数十万ドルの訴訟費用をつぎ込んで裁判に臨む。調子に乗ってテレビに出まくり、すっかりスター気取りのポポフ。街を歩けば人だかりが出来る、まさに時の人だ。
だが、人の噂も七十五日。多くの人々が、長く続くこのくだらない争いに飽き始める。しかもポポフ側の主張も二転三転し、その主張の信憑性が疑わしくなっていく。中でも人々の興味を惹いたのは、ポポフが捕ったとするボールを、近くにいた別の観客が偶然撮影した写真であった。引き延ばされた写真のグローブには(ホームランボールをキャッチしようとする連中をからかうための)「SUCKER(バカ)」と書かれたボールがしっかり納まっていたのだ。バカボールを抱えるポポフ。やることなすこと派手で、自己中心的(いかにもアメリカ人)なポポフに対して、徐々に疑いの声が大きくなっていく。
そしてついに、サンフランシスコ高等裁判所において、ケヴィン・マッカーシー判事による「運命の判決」が言い渡されるのだった。…そしてそして、更に続く意外な後日談…。
とまあ、実にバカバカしい「事件」(?)を扱ったドキュメンタリーであって、眼目はそのいかにもアメリカらしいバカバカしさを笑おうということなのだろうけど、「面白さ」という点ではボラットのモキュメンタリーに遠く及ばない。ニヤッとするシーンは多いが、爆笑出来るシーンは一つもなかった。だって心底バカバカしいんだもん。この、ボール一個でアメリカ中が騒いでいる時期って、911(のテロ)からまだ1ヶ月経ってないんだよ。アメリカ人全員が悲嘆にくれているという報道が、日本でも連日繰り返されていたのに、実際はこんなもんなのね。
それでもつくづく思うのは、アメリカの行き過ぎた訴訟社会てのは、巷間伝わる「弁護士の数が多すぎる」云々以前に、なんつーか国民性みたいなものなんじゃないのかねえ、てこと。
最初に「ステラ賞的ドキュメンタリー映画」て書いたけど、このステラ賞てのは、アメリカのバカバカしい訴訟事例を毎年表彰している、それ自体バカバカしい賞のこと。
マクドナルドのドライブスルーで買ったホットコーヒーを膝の間に挟んだら火傷し、「コーヒーを足の間に挟んではいけないという注意がなかったからマクドナルドの責任だ」と訴えて勝訴、大金をせしめたステラおばさんに因んだ賞だ。
過去の例でも、濡れた犬をオーブンに入れ「乾かそうと思ったのに焼け死んだ。オープンに犬を入れてはいけないと注意書きがなかったからメーカーの責任」と訴えたり、道で滑って転んだのは「道路の管理が悪いから」と市を訴えたり、どれも日本だったら「バカか?」と呆れられそうな訴訟が、ことごとく勝訴しちゃうんだから不思議な国だよ、アメリカって。
ちなみに昨年のステラ賞受賞事例も、『買い物帰りの主婦が店の外でリスに襲われ負傷し、「店の外にリスが住んでいるという注意がなかった」と訴えて5万ドルの賠償金をせしめた』とか、『酒酔い運転で衝突事故を起こしたFBI捜査官が、「突然意識をなくしたのは車のせいだ」とメーカー及び販売店を相手取り訴訟を起こした』などという事例がいろいろ。なんかもう、面白さを通り越して空恐ろしい。
ていうかね、なんつーか、アメリカ人て(こーゆー話を見聞きしちゃうと)、転んでも絶対タダでは起きないし、絶対自分の責任は認めないんだな、ていう印象が強くなる。やられたら必ずやり返す。自分がちょっとでも傷ついたら、無理矢理でも責任者を見つけて、自分が受けた何倍ものダメージを与えないと気が済まない。相手に非が無くても、世論を誘導して(陪審員の心情を操作して)絶対に自分が正義であると主張する。
これって、まさしく911以後のアメリカそのものじゃんか。
そう考えると、このドキュメンタリー作品のバカバカしさは、実はかなり深いんである。マイケル・ウラノヴィックス監督もプレス内のコメントで、この「珍事件」が実にアメリカ的だと認めているし。
配給元は「爆笑ドキュメンタリー」として売ろうとしているようだけど、訴訟社会アメリカの現実を浮き彫りにした、実は真面目な作品なのかもしれない。…なわけないか(笑)。
公開は、ボンズの記録更新が期待される6月。記録が興業と結びつくかどうかに注目。
2004年ロサンゼルス映画祭最優秀ドキュメンタリー(観客賞)受賞
2004年フェニックス映画祭最優秀ドキュメンタリー(審査員)受賞