フランシスコの2人の息子

戸口で僕を見送る 母さんは泣いていた

http://2sons.gyao.jp/
 
セルタネージョ・デュオである。しかもゼゼ・ヂ・カマルゴ&ルシアーノなんである。
  
と聞いておおーっ!と喰い付く日本人はそれほど多くないだろう。たぶん。
て、俺が知らなかっただけで実はもの凄く有名だった…てことも多々あるので断言は出来ないが、少なくとも俺の周囲でゼゼ・ヂ・カマルゴ&ルシアーノを知っている人はいなかった。
 
だが、ブラジル国内となると話は違う。ゼゼ・ヂ・カマルゴ&ルシアーノはブラジル国内では知らぬ人がいないと言われる兄弟デュオ。これまで14枚のアルバムをリリースし、総売上は2200万枚という国民的大スターなんである。日本にも過去2回来日公演を行い、在日ブラジル人を中心にチケットは即日完売という人気ぶりなのだ。
 
で、彼らがどうしたかというと、『フランシスコの2人の息子』とは彼らの生い立ちを追った映画なんである。
 
なーんだ、有名人のサクセス・ストーリーか〜と思ったら大間違い。ていうか、そう思ってた俺がびっくりした(笑)。
 
アカデミー賞外国語映画部門ブラジル代表(2005年度)にも選ばれた、なかなかどうしての秀作。カントリー・ミュージシャン一家の記録が、これほど美しく、これほど豊かで、これほど力強いものだとは思わなかった。事実は小説よりも奇なりとはよく云ったもので、彼らの人生そのものが実に映画的というか、感動的なんである。しかも、そこに心揺さぶる音楽がかぶるのだ。面白くないわけがないのだった。
 
 
物語の2/3は、彼らの少年時代というか、父フランシスコの物語として語られる。
 
見渡す限りの畑しかない地方の村で、小作人として働く父フランシスコ。愛する妻エレーナと7人の子供に囲まれ、貧しいながらも楽しい生活に満足していた。ただ、心から音楽を愛するフランシスコは、息子たちをプロのミュージシャンにしたいという夢があった。そのために、長男のミロマズル(ダブリオ・モレイラ)にはアコーディオンを、すぐ下の弟エミヴァル(マルコス・エンヒケ)にはギターを買い与える。しかしそれらは一家の一年分の食料に相当する値段だった。その、何事も思いついたら極端に走る性格ゆえ、周囲からは「イカれてしまった」と噂されるフランシスコ。僅かな蓄えも子供たちの楽器代に消え、やがて地代が払えなくなった一家は、ついに土地を追われてしまう。
 
都会のあばら屋で再スタートを切ることになった一家だが、フランシスコの収入だけでは大家族を養いきれない。雨漏りの続く暗い家の中で、ひもじさに耐える子供たち。幼い子供たちを飢えさせることに耐えられず、涙を流す母エレーナ。その姿を見たミロマズルは、弟エミヴァルと2人で路上ライブを始めることを思いつく。少しでも家計の足しになればと始めたライブだったが、それまで楽器が唯一の遊び道具だった彼らの歌と演奏は、都会の人々の足を止める力強さがあった。
 
彼らの評判が上がるにつれ、地元のエージェントから演奏ツアーの話が持ち込まれる。このミランダていうエージェント(ジョゼー・ドゥモン)が典型的なインチキ興行師で、いいように搾取されまくるミロマズル&エミヴァル。一週間の約束で家を離れた兄弟が、再び親元に帰ってきたのは4ヶ月後だった。
これに懲りた一家は、一度はミランダと絶縁するが、何のコネもないフランシスコでは子供たちのマネージメントが務まらない。一方、ミランダも兄弟ほどの才能は他にいないと気づき、一家に謝罪。もう一度チャンスをくれとフランシスコを説得する。
 
かくして二度目の演奏ツアーが始まった。別人のように心を入れ替えたミランダと共に、ブラジル各地を旅するミロマズル&エミヴァル。音楽で人々を楽しませる喜びに目覚めた兄弟は、日増しに逞しく成長しているようだった。このままいけば、いつか夢に手が届く…誰もがそう信じていた幸せな季節だった。
  
だが、そんな彼らの身に、恐ろしい悲劇が降りかかる……。
 
とまあ、ここまでが物語の2/3であり、ドラマ・映像・音楽どれをとっても文句なしに素晴らしい部分でもある。もしこの直後にエンドクレジットが流れたら、そのほうが傑作になっていたかも…と思うほどだ。
 
しかしドラマは勿論そこで終わらず、そこから先は、所謂サクセス・ストーリーのセオリー通りに進む。その部分も非常に良い出来だが、後半だけを切り出せば佳作止まりといった感じ。特に最後のご本人登場は蛇足だったかも。
 
とはいえ、悲劇によって一度は音楽を離れたミロマズルが、再び音楽家を目指す展開は感動的。プロのミュージシャンとしてデビューするも鳴かず飛ばずの日々が続き、家族の支えでやっと日の目を見るシーンも悪くない。
 
この映画が、単なる伝記映画に終わっていないのは、常に家族の物語を中心に置いているからだろう。最後は成功者となった彼らだが、音楽、家族、親子の夢について描かれる本作の内容は、どれも甘くないのだ(甘〜いのはミロマズルの恋くらい)。
 
映画の中で繰り返し歌われる「僕が家を出る日」という曲。
シンプルで、目新しさのかけらも無い歌詞だが、もの悲しくも美しいその曲を聴きながら、その日試写室にいた多くの男たちが涙していたのが印象的だった。リフレインされる「♪戸口で僕を見送る 母さんは泣いていた」という訳詞に少年心がグッと来たか。世界共通の、のなせる力だろうか。

兄弟の少年時代を演じる、(演技未経験の)純朴そうな子供たちの歌声が、ものの見事に(俺の)琴線に触れた一本。「泣ける映画」という売り方はしてないが、本国ブラジルでは『セントラル・ステーション』『シティ・オブ・ゴッド』を超え、500万人を動員した感動作なので、時間のある方は是非。

3月17日公開。