エコール

NKYYSD2006-09-09

http://www.ecole-movie.jp/
 
どことも知れぬ森の中、外界とは完全に切り離された少女たちだけの学校があり、少女たちはそこで生物学とダンスを習っている。彼女たちは棺で眠らされたまま連れてこられ、6歳から12歳まで少女たちだけの寮生活を送り、卒業するまでは外に出ることを許されない。自由ではないが、そこは完璧な「少女たちのユートピア」なのだ。
  
てな話。…と言い切って良いのかどうか微妙だけど、まあそんな感じ。いろんな意味で説明が難しいのよ。
 
原作は「春の目覚め」等、不条理演劇の先駆者フランク・ヴェデキントの「ミネハハ」。
「ミネハハ」は『サスペリア』の原作としても知られているけど、本作にホラー要素はない。ルシール・アザリロヴィック監督のオリジナルな解釈によって、原作に近い不条理さも持ちつつ、より幻想的な映画に仕上がっている。
 
女性監督なんで「ロリコン」映画にしたつもりはないんだと思う。映画のラスト近く、この「学校」「卒業」する少女が女性教師に引率されて列車に乗る。少女の「どこへ行くんですか?」という問いに、若い女性教師が「私たちのことなんてすぐに忘れるわよ」と答える。答えになってないじゃん、と思ったけど、なるほどなとも思った印象深いシーンだ。
ここで描かれる「学校」は、リアリズムとファンタジーがごちゃ混ぜになったような空間だが、それこそが「少女時代」なのだろう。6歳から12歳の(第二次性徴を迎える前の)純粋な「少女」としての時間…「男」だの「社会」だのといったものを切り離し、徹底してピュアでINNOCENCE(これが原題)な少女期を象徴したものなのよ。たぶん。「卒業」すれば「すぐに忘れる」時期ね。
このイメージは、おそらく女性のほうが理解しやすいんじゃなかろうか。もしかしたら女性観客は、本作に対して色んな意味で共感(もしくは郷愁に似た感覚)を覚えたりするのかも知れない。本作を「フェミニストの寓話」と評した人もいるし。
 
ただし、男の目には、やはりどこかエロスを感じちゃうのも事実。というかロリコン男どもが観たらタマランだろうなあ、というのが正直な感想でもある。清純さを象徴するような白いブレザーとミニスカート。そんな少女たちを背後からローアングルで狙うカメラは、どう考えても「男」の視線なのだ。たぶんそれだって計算されての映像だとは思うけど、男性客にとってそれはどうしても「覗き見」の感覚を想起させるからね。ロリコンに興味のない俺でも、本作がそうした趣味の男たちを興奮させるであろうことは想像に難くないもの。
 
更に、映画の中盤には、特別な早期卒業を許されるためのダンス・オーディション(?)シーンがある。最上級生ではなく、その一つ手前の(11歳の)少女だけが参加出来るオーディション。校長にダンスを披露し、身体を細かく(うなじの美しさとか)検査され、最優秀の少女が一人だけ選ばる。選ばれた少女は校長に手を引かれてどこかに連れて行かれるのだが、少女がどこに連れて行かれるかは、少女本人を含めて誰も知らない。勿論、飛び級で上の学校に行くのかも知れないし、ほんとにそのまま「卒業」なのかもしれない。素直に観れば、少女期からの脱却に強い欲求を持つ少女は、他の少女より一足先に「大人」になる(=「卒業」)ということなのだろう。でも、これも俺のようなひねくれた男の目からは、少女が行き着く先はどっかの将軍様の「慶び組」とかじゃねえのか…などと想像してしまうのだ(男ってダメね)。
ていうか、そうした想像を許すほど、この映画には「答え」が存在しないのだ。そこが本作の一番面白い部分でもある。
 
まあ、アレな面を除けば…つまり「ロリコン」的なことさえ意識しなければ、本作は「映画として」かなりの秀作だと思う。というか、実は凄い傑作なんじゃなかろうかと(密かに)思っている。
INNOCENCEな「思春期」が追悼に値する「ユートピア」であり、かつ「牢獄」でもあるということを、これほどまでにユニークなビジョンで見せてくれた映画は、過去になかったからね。ラストシーンまで目の離せない作品だったわ。
 

ミネハハ

ミネハハ